フジテレビバラエティの歴史

4月からテレビ朝日でテレビ千鳥と霜降りバラエティがスタートする。

今回はこの機会にテレ朝ネオバラエティ枠の意義について書きたい。

バラエティについて考えるときにはやはりフジテレビは避けて通れないので、フジテレビバラエティの歴史を軽く振り返りたい。

 

・フジテレビとお笑い第2世代

それまでは低迷していたフジテレビが黄金時代を迎えるきっかけは1980年のTHE MANZAIだろう。

THE MANZAIのプロデューサーである横澤彪が後に笑ってる場合ですよ!を作り、笑っていいとも!になった。

それと同時期にオレたちひょうきん族横澤彪が手掛けている。

THE MANZAI、つまり漫才ブームという一大ムーブメントが笑っていいとも!ひょうきん族を生み出した。

2つの番組は大ヒットし、その頃に生み出された「楽しくなければテレビじゃないもん!」は現在に至るまでフジテレビの基本姿勢になった。

笑っていいとも!タモリひょうきん族のたけし、さんまはBIG3と呼ばれるようになり、それはフジテレビに貢献した3人に対してフジテレビだけで使われる言葉だったが、いつしか芸能界全体で通じる言葉になっていった。

それがいわゆるお笑い第2世代が1980年代に起こした革命だった。

 

・フジテレビとお笑い第3世代

ひょうきん族以降も勢いを増したフジテレビはその後もお笑い史に残るバラエティ番組を生み出していく。

90年代を代表するのはお笑い第3世代とんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンだった。

とんねるずのみなさんのおかげですダウンタウンのごっつええ感じウッチャンナンチャンやるならやらねば!がそれぞれの代表番組だ。

コンビ名が番組タイトルに付いていて、それぞれのコンビの世界観が色濃く出ている番組だった。

お笑い第3世代は孤高だった。

第2世代のひょうきん族は当時の芸人のオールスターと言った感じだが、第3世代はみんなそれぞれの城を築いた。

夢で逢えたらの頃にダウンタウンウッチャンナンチャンが共演していたが、それ以降はほとんど絡むことがなかった。

第2世代のタモリ、たけし、さんまは今でもちょくちょく絡むことがあるが、それに比べて第3世代の3組はほとんど絡まない。

 

・フジテレビと第4世代

孤高だった第3世代と比べて第4世代は一体感があった。

第4世代を代表する番組めちゃ×2イケてるッ!は平成のひょうきん族だった。

メインキャストはナインティナインだが、その他にもよゐこ極楽とんぼオアシズなどの芸人もメンバーとして加わり、ナイナイの世界観だけを出すのではなく、協力して笑いを生み出していくのは、ひょうきん族的な番組作りだった。

2004年の27時間テレビめちゃ²オキてるッ!は第4世代芸人が集結し、大成功を収め平成のひょうきん族を達成した瞬間だったと思う。

めちゃイケは新しい波というオーディション番組から選抜されたメンバーが、とぶくすりと言う番組を始めてその後とぶくすりZ→めちゃ×2モテたいッ!と移り変わって言って最終的にゴールデンに進出した番組だ。

その後のフジテレビバラエティは基本的に新しい波から選抜されたメンバーが番組を作っていく流れが出来た。

 

・第5世代以降のフジテレビ

新しい波から8年後の新しい波8から選抜されたメンバーからはねるのトびらが誕生した。

はねるのトびらは成功したが、その後のフジテレビは成功した番組を生み出すことが出来なかった。

新しい波16から誕生した1ばんスクラム!!は誰も憶えてないし、新しい波24から誕生したAI-TVも失敗した。

新しい波シリーズ関係なく誕生したピカルの定理ミレニアムズも成功を収めることは出来なかった。

はねるのトびらの成功もめちゃイケのやり方を踏襲していてそんなに新しいものでもなく個人的には微妙だった。

めちゃイケの成功に囚われすぎて結局めちゃイケを超えることが出来ずに終わったのが第5世代以降のお笑い芸人だったと思う。

 

ここまでお笑い芸人を中心とした大雑把なフジテレビバラエティの歴史を書いた。

ここからテレビ朝日のネオバラティについて書いて、最終的にテレビ千鳥、霜降りバラエティに着地させる予定だったが、長くなりすぎたのでネオバラエティについては次の記事で書きたい。